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恋について

先日帰国してからというものたてつづけにたくさんの友人と会っている。
昨日は久しく会っていなかった友達と朝遅くまで痛飲してしまった。
その友達の家でつきっぱなしになっていたテレビに目をやるとかわいい女の子が
ドラマに出ていたので思わず観てしまった。
まあ内容は恋がどうだの愛がどうだのの手垢にまみれたストーリーであった。
タイトルもそのものずばり「 恋がしたい」 とかそんな感じのものだったと思う。

ぼくはこのドラマを観ていてつくづくうんざりしてしまった。
なぜならそのドラマでくりひろげられる世界は恋愛ではないからだ。
ぼくはほとんどテレビを見ないのだが、まあ毎日のように " 恋しくて " だの
" 恋の果てに " やら " 恋いに生きて " だのの陳腐な物語が地上波に
乗せられていることは想像にたやすい。
そしてそこにあるのは嫉妬や独占欲、見栄、うらみ、つらみ等のいうならば
" 生活の悪臭 " の集積である。
それらの物語からは恋の放つ芳香が感じられず、
あるのは男女互いに相手を " 物 " として獲得しようとする拙劣な
プラグマティズム(実用主義)だけのような気がしてならない。

なぜこんなことをいうかというと、ちょっと恥ずかしいがぼくは
" 恋愛至上主義者 " であるからだ。
恋は一種の病気であるような気がする。そして治療法はない。
それは突然やってくる。とても苦しくてせつなくて、、、、
でも世界で一番美しい病だ。
ぼくはそう思ってしまう。
恋というのは絶対にひとつの "点 " であって、結婚だの生活の維持だのの
うつろななりわいをゴールにした日々の営為のことではない。
その "点 " の意味する所は至高の一瞬のことであって、
それはたとえば夜どこかで肌と肌、唇と唇が初めて触れあう
時間の流れの外にある切断面、ただしその無の中に永遠をはらんだ瞬間のことだ。
" 想い " があれば人は遥かかなたの岸辺までたどり着く事ができる。
その恋愛の至高の一瞬を心のどこかにいだいて、そこから放たれるひかりを
エネルギーにして、、、。

つまり恋愛とはそういうものであるとぼくは思う。
でもそれが正しいのかどうかはわからない。
ただああいったドラマをみせられて喜んでいる人はきっと男女論や恋愛論の
一番不毛なところに感化された犠牲者に感じるのだ。
自分の優柔不断を優しさと勘違いしている人やハードボイルドのバカ達をみていると
よく思う。" 男、女伝説 " に憑かれた病人だ。
さらにこんな馬鹿を受け入れてくれるお皿がしっかりとある。
" 第一条件はやさしいひとぉ〜 " だの、
" やっぱおっぱいが大きくて性格のいいひとっすかね〜 "
と答えている100人中90人位の中の1人のアナタである。

ぼくは女性誌が " おしゃれな恋がしたい " だの、またそれと似たような男性誌が
" 今年の夏こそホントの恋がしたい " だの書いてあるものを目にするだけで
喉元までゲロがこみあげてくる。
おもえばテレビや雑誌、マスコミが取り上げる材料とは糞グルメ特集以外、
1から10までが恋愛にかんしたものばっかりである。
おしゃれな恋がしたいために付きあわされる相手というのも可哀想なもんである。

" わかっている女 " や、いまどきの " モテル男 " になりたければなればよい。
" おしゃれな恋 " がしたければ雑誌の「ここいちばんのいい男、いい女、の演出法」
なんぞを駆使して勝手にすればよい。
飽きがきたら「傷つかないためのセリフ100選」を使えばよいだろう。
中高生なら話は別だが、恋愛を " したい " という人は
頭に虫でもわいているんじゃないかと思う。
でなければ何か違うものと恋愛と勘違いしているんじゃないのだろうか、、、。

ぼくは4年前、天上的な恋をしていた。
それは決して許されず、そして叶うはずのないものであった。
ぼくは自分の2枚目のアルバムを治療薬として自分自信に捧げた。
恋というものは異様なまでに人を高みにおしあげる。
それはとても苦しくてせつなくて、、、
そしてこの世でいちばん美しくステキな病気だ。
いまだからいえるが、ぼくは恋愛なんてものは2度とごめんだ。
ただし、恋愛というものはするものではなくかかるものであるのでこればっかりは
どうしようも出来ない。

「恋に落ちるということは、つまりいつかくる年月の何月かの何日に、
 自分が世界の半分を引きちぎられる苦痛にたたき込まれるという約束を
 与えられたことにほかならない」

   中島らも  

「結婚とは、恋愛という詩から、日常という散文への地獄くだりである」
   稲垣足穂

「生活?そんなものは召し使いにまかせておきたまえ」
   ヴィリエ・ド・リラダン


恋というものは、したくてするもんではないと思う。
合掌


※ ちなみにぼくがこんなことに熱くなってしまったのはそのドラマの主人公であった
 水野美紀ちゃんのファンだからである。(キャッ、言っちゃった〜!)
 少林寺拳法一級の彼女の美しすぎるハイキックやバックスピンキックは
 映画 "千里眼" (だったと思う)で観ることができる。
 彼女は志穂美悦子を越える逸材だとぼくは確信している。

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